2006年 5月 26日(金)
2006年 5月 11日(木)
アパート
建てた物件が雑誌やネットにポツポツと載るようになり、とても不思議な感じがします。
反応はまだ有りません。「まだ大丈夫だろう」と楽天的な気持ちと「入らなかったらどうしよう」という焦燥感がごちゃ混ぜの気分です。
八月二十七日(オレの誕生日だ!)の支払日まで元本の支払いが発生せず、利息分だけなのでいいのですけれどね。
あと、三ヶ月ちょっと。自分でもセールスしなければなりませんな。
JRの駅の近くですので、通勤には困らないと思うのです。
また、大宮駅から6分ですので東北、信越方面からおいでになる方にも帰省に便利ですので特にオススメです。
大通りから奥まっているので喧騒も全くと言って良いほどありません。
奥まっているから、防犯面で不安があるか?と言いますと、街路灯が整備されている道ですのでそうでも有りません。
駅から真っ暗な道を怖い思いをしながら歩いて帰るということもありません。
もし、気になりましたらお近くのMAST提携店へ!
2006年 5月 9日(火)
照明やカーテンなど
そろそろ引き渡しが近くなってきましたので、「その後のこと」を考える時期になってきました。
引っ越し時に行ったこととは少し違う、新築時に必要な家電やカーテンなどの検討に入りました。
照明はやはり新しい家にふさわしく、新しいものにしたいので、どこかでまとめ買いをすれば安くなる所を物色しています。八年前に建てたときの電器屋はすでに無くなっていますので、ヨドバシカメラかビックカメラあたりで・・・と考えています。リビングに2つ、書斎に一つ、和室に一つ、その他の部屋は埋め込みで装備しているので必要なし。
そして、カーテンです。ネットで調べて見ると昔と違って、オーダーカーテンもショップがいろいろ有りますねー。サンゲツや東リ、ニチベイ、スミノエ等々。こればかりに関しては、使用する人(両親)の意見を重視するべきでしょうから、近々、部屋に入って貰って自分で探してもらいます。
それで、ウチの両親が気にしてるのが、防犯面。玄関先に向けて監視カメラというか、ネットワークカメラをつけて、自宅を監視したいとの要望もあり、こちらはどういうシステムを構築すればいいのか、悩んでます。パナソニックのネットワークカメラ (http://panasonic.biz/netsys/netwkcam/)を買おうか、それともアキバで山本電機や真光で店員のオッチャンに相談するべきか、悩んでいます。。
次にネットやケーブルテレビなど.は週末にでも一括で手続きを行います。
2006年 4月 24日(月)
第二回目の融資手続き
2月17日に第一回目を実施しましたが、その残り分を今日手続きして、月末に実行してもらうことになりました。
これでまた借金が増えちゃうんですよね。
ここのところ、日銀の金融緩和策の方針変更によって長期金利がじわじわと上がりつつある環境であるので、一日も早く実施してしまわないと、0.1%の金利上昇だけで年間で3万円くらい違います。
shamaison.comに掲載されてます
ウチの賃貸物件が積水ハウスのshamaison.comに掲載されてます。
どなたかご興味のある方がいらっしゃいましたらぜひお近くの積和不動産までー!
ブロードバンドの接続に関してはケーブルテレビが引っ張り込まれているのでJCOMが基本ですが、BフレッツやTEPCOひかりも工事の同意書にはサインしますので、どうぞお気軽に!
ここと
2006年 4月 22日(土)
仲介業者との契約
賃貸部分の仲介と集金管理を行ってもらうために積和不動産と集金管理業務委託の契約を行いました。
一括借り上げも検討したのですが、手数料がチトお高め・・・。ですので、通常の集金管理の委託のみとしました。
どなたか入居していただける方いらっしゃいますか?(笑)
さいたま市で京浜東北線の駅から徒歩5分程度ですよー。
2006年 4月 19日(水)
内装はほとんど終わりかな?
賃貸部分はキッチン、トイレ、洗面台等が設置してありほぼ終了しました。
後は電設工事を残す程度です。
二階も障子が入り、壁紙も貼り終わり、リモコンスイッチも付きました。
右がインターホン、中央部分がリモコン施錠のコントローラ、左上は温水器のコントローラ、左下は照明スイッチです。
和室部分は畳を残すのみ
書斎で絵を飾っておける壁に向かうスポットライトも着いてました
小さいものですが・・(^^;
二階のウォークインクロゼットも出来上がりっ
2006年 4月 8日(土)
2006年 4月 7日(金)
2006年 4月 2日(日)
2006年 3月 29日(水)
2006年 3月 26日(日)
2006年 3月 23日(木)
2006年 3月 21日(火)春分の日
足場が取れた!!
昨日夜に帰ったら、外部に張り巡らされていた足場が撤去されていました。
自宅(右側の壁が写ってる部分)のときと比べてずいぶん早いような・・
解体前から一ヶ月半でこうなっちゃいました。
速すぎじゃない?(^^;
こうやってみると、今の家と壁の色が違いすぎるなぁ。。
2006年 3月 19日(日)
2006年 3月 18日(土)
2006年 3月 12日(日)
住まいの夢博
「積水ハウス埼玉支店のイベントをさいたまスーパーアリーナで実施するから是非来てください!!」と担当の営業さんから連絡を貰っていたので、抽選狙いで行ってきました。だって、特等がハワイ旅行なんだもの(笑)
結果は当然外れましたが・・(苦笑)
思えば、去年のこのイベントに行ったことから今の営業さんと知り合った訳でありまして・・。月日の経つのも早いですなぁ。
展示会場内は撮影禁止でしたので、画像は有りませんが、軽量鉄骨工法、重量鉄骨工法、シャーウッド工法で実際に建てた家の骨組みが有りました。あれは圧巻だったな。。
で、ウチの担当営業さんとは会えずじまいでした。
2006年 3月 11日(土)
内部公開(2F)
2Fの自宅部分公開
床部分はALCで一階には響かないようになっています。
かなりカクカクしてますが変形土地なので・・・
屋根瓦は私の自宅(奥に見える屋根)と同色にしました。
屋根の向こうにはさいたま新都心のビル街が見えます。
2006年 3月 8日(水)
内部公開(1F)
1F部分(賃貸部)を撮影してみました。
賃貸部屋Aと賃貸部屋Bの仕切り部
自宅の階段部から賃貸部屋方面を撮影。右は賃貸部Aのドア
2Fの自宅部分への階段設置場所
別角度からの2Fへの開口部
自宅1F部分の納戸部屋近辺
賃貸部屋Bから賃貸部屋A方面を撮影
2006年 3月 4日(土)
建方工事(2F部分)
諸事情で残業やりすぎたので、昨日は午後半休を取って帰ってきちゃいました。
屋根下地をクレーンで一気に持ち上げ。
二階部分も乗りました。一気に威圧感が出てきた・・・
二階居室部分
子供と足場を「探検」しました(笑) (監督には許可は事前に取ってます。メットは被ってないけど・・)
左は既存建物です。色は同色を希望したのですが、無かったので同系統色にしました。
今日は屋根瓦かな??
2006年 3月 2日(木)
建方工事中
もう最近は朝早く出勤で夜が遅い帰宅の生活の毎日なので、暗い写真ばかりになっちゃってスイマセンねー。。。
一階の賃貸部分
既存建物(ウチ)と新築建物の間隔。3mくらいかなー
一階と二階部分の間のALCコンクリート床板
一階と二階部分の間のALCコンクリート床板(ズーム)
一階と二階部分の間のALCコンクリート床板
雨の中、一階部分が・・・
一階部分のガワが昨日、雨の降る中、乗りました。
外壁色はウチ(グルニエダインUX)となるべく近い色にしたんだけど、どうですかねぇ?? (外壁の意匠はだいぶ違います..)
もっと明るい太陽光の下だとはっきりすると思いますが、ちょっと明るめかな??
2006年 3月 1日(水)
躯体工事のための足場台設置
3/1からパーツが組み込まれすので、その受け入れ準備として足場が組まれておりました。
2Dの世界から3Dの世界に展開したことで、ますますその大きさに圧巻されるばかりです。
関係ないけど、ウチの近くでも積水ハウスさんが工事を始めました。シャーウッド店での契約のおうちらしいのでウチと被っていませんでした。ただし、内装工事のときにダブるかも知れませんな。
3/1から二、三日間ほど、自宅の前の道を封鎖して鉄骨の搬入フェーズです。
2006年 2月 26日(日)
2006年 2月 21日(火)
2006年 2月 19日(日)
基礎工事
朝の七時から作業員の人たちが来てました。早いなぁ・・・。って、オレも人の事を言えないけど(笑)
作った基礎の型枠にコンクリートを流し込んでます。
一日で全部流し込まないとならないし、凝固が始まってしまうので時間との戦いで、手際よく流し込んでおりました。
ちょっと出かけて帰ってきたら養生シートなるものが掛けられており、終わっておりました。
前の家(グルニエダイン)のときはこんなの掛けて無かったよ・・。
工法も進化してるんだね。
2006年 2月 17日(金)
融資書類
埼玉りそなに融資の正式書類を書きに親父と二人で行ってまいりました。
積水の営業さんは別打ち合わせで都内ということで今回は二人だけで望みました。
銀行の担当の人も「Mさんは手馴れている(こんなんで手馴れたくない・・・)でしょうから、もうお分かりですが、これからかなりの枚数の書類に署名していただきます」と始まり、領収書、複数回融資のための書類、抵当権の設定のための委任状、建物完成時の追加担保設定のための委任状、等など12枚ほどに住所と署名と印鑑をバンバンと・・・
トータル1時間半ほどかかりました。
疲れたのと、逆に、「いよいよ債務がかかるのね」とすっごい責任感が沸いてまいりました。
ローンレンジャーパワーアップだ!!!!....(´・ェ・`)
2006年 2月 16日(木)
2006年 2月 13日(月)
地縄張り
昨日、地縄を張り、位置確認を積水ハウスの監督、積和建設さんの基礎工事の監督、積和建設さんの躯体工事の監督、積水ハウス指定のガス業者と水道業者と積水ハウスの営業さんと私と妻とオヤジヘの8人で最終確認を行いました。
監督と営業さんの間で建物位置についての話が伝わっていなかったようで、その場で営業さんと監督が意識合わせしてもらい、図面から30cmほど北にズラすことにしました。
正味30分程度で終了。その後、オヤジを仮住まいの家まで送って来てから撮影しました。
今までは紙の上での作業でしたが、縄を張ることで、かなりイメージが浮かんできました。
「けっこうデカいなぁ」というのが第一印象です。
2006年 2月 11日(土)建国記念の日
2006年 2月 10日(金)
解体工事完了
昨日、会社から家に帰ったらユンボが取り除かれ、キレイサッパリと更地になっておりました。
井戸があったのですがちゃんと潰して、お清めの塩と土盛りがしてありました。
改めて見ると、意外と広かったのねと実感いたしました。
今日明日にでも測量士さんと監督が来て、図面どおりに地縄を引っ張る予定です。
2006年 2月 7日(火)
解体工事状況
昨日現在で、だいたい2/3程度の解体で残すは1/3。かつて自分ら家族が住んでいた2Fが露わになっており、ちょっと複雑な心境です。
重機で一気にバリバリとやるかと思ったら、ヨメサンの話だと手作業中心に解体を行なっているようです。
雪が降っていたので今日の作業はかなり寒そう。
このペースだと今日中に母屋の解体は終りそうです。
2006年 2月 4日(土)
2006年 2月 1日(水)
解体工事開始
本日からいよいよ解体工事開始ですよ。
私は仕事なので見られませんが、ジャンジャンバリバリと壊してくれるんでしょうな。雨模様なので、本日開始かどうかは定かでありませんが、昨日ウチに連絡が無かったということは本日から実行と思ってます。
予定は2/11までに終了となっています。一番気になるのは、解体工事部分に築60年以上の部屋があるのです。そこの下から何か出て来ないかという点。お宝だったら嬉しいのですが、ヘンな遺跡とか出ないよな・・・・。
最近解体していたウチの斜め前の家も同時期の建物で無事終っていたので、ウチも何も無ければいいのだが・・
2006年 1月 27日(金)
両親の引越し完了
昨日、嫁さんに仕切ってもらってなんとか両親の退去が完了しました。仮住まい先では小さなトラブルが幾つかありましたが、なんとか無事に終了しました。
仕事から帰った後に、だれも居なくなった実家に入ってみましたが、寂しさが急にこみ上げてきました。
小さいときにおばあちゃんとよく遊んでもらった部屋に座って、ちょっと感傷じみて涙してしまいました(^^;
自分の子供の時からの家ともとうとうお別れです。自分の悪戯した壁の傷や、自分の身長を計った柱の傷一つ一つに思い出が詰まってます。これもあと数日限り。
今日から家に繋がっているライフラインの撤去が始まります。最初は水道の閉栓。NTTの線撤去、そしてケーブルテレビの撤去。明日はガスの閉栓。来週に東電の設備撤去とどんどん骨抜きにされていきます。
ついでに、昨日、我が家の車もトヨタに下取りのために持っていかれました。新車は来週来ることになっとりますが、しばらくは車無し生活です。。ま、ウチの辺りは車が無くても十分に生活できますから不便じゃないですけどね。
2006年 1月 26日(木)
さて、これから...
私は積水ハウスから「賃貸住宅」というでっかい物件を「仕入れる」訳で、これを元に商売をしなきゃなりません。
商売といっても物を売るわけでなく、部屋を貸すわけですから、だれかの「安住の地」を提供する供給元になるのですな。
自分がこのアパートに住んでみたいか?という視点でいま、もう一度見直してます、建物はもう工場に発注してしまってるので、変更が効きませんが内装設備についてはまだ変更の余地は残ってます。セキュリティ面はガッチリとしてます。トイレ、風呂も別にしてます。風呂は追い炊き出来る物にしました。キッチンもアパート用としてはいいものにしました。テレビもケーブルテレビを引き込める仕組みにしました。光ファイバーを引き込みたいというのなら、交渉のテーブルに着きます。
一つ気になる点が・・トイレ・・ウォッシュレット入っていたかな??
自分だったらウォッシュレット付きを重視します。だから、アパートにもつけなければ!
設備の仕様書に書いてあったかな?? 営業さんに聞いたほうが早いか・・
2006年 1月 25日(水)
仮住まいへの引越し
銀行融資のOKが正式に出ましたので、やっと工事の日程に「(仮)」と着いていたものを全て外すことが出来ました。
逆に、更に借金を背負っちまったーという重荷が同時に肩にのしかかってまいりました。(^^;
計画開始から8ヶ月弱、ここまで長かったぁ。親父達にしてやれる精一杯の親孝行のつもりです。
来月の一日に解体工事開始です。解体の前に、東京電力やら東京ガスやらNTTやらケーブルテレビの撤去工事が。。今週から来週にかけてビッチリとつまっております。
親父とたちと飼い犬の太郎には暫く、仮住まいの見沼区に移ってもらいます。五ヶ月弱に不便になりますが、ガマンしてくださいな。。
さて、ここからホントの建築日記ブログになります。これからもどうかよろしくお願いいたします。
2006年 1月 18日(水)
抵当権抹消!
やっと法務局で抵当権の抹消が完了したそうなので、即刻積水さんに銀行融資の書類を出しておいてもらいました。
これで、一通り、着工までの準備が済みました。。。
後はもう一度、東京電力、水道局、ケーブルテレビ、東京ガスに連絡をせねば!
2/1から解体工事開始です。
2006年 1月 12日(木)
抵当権の抹消待ちで工程がズレた!
土地分の繰り上げ一括返済をしたので、法務局に土地の抵当権抹消をしてもらい、現在待っている状態です。
その間に、銀行融資に関するものをそろえました。申込書と印鑑証明書、一昨年の源泉徴収票。抹消が確認できたら即、積水の営業さんに申し込んでもらいます。
結局、これのおかげで1/11に引越し予定でしたが、約2週間ほど後ろにずらしました。
その他の解体や、地縄引き、着工、引渡しなどの工程も全部ずれました。今の予定では6月上旬引渡し予定です。
もう波乱は無いはず。(たぶん・・・)
2006年 1月 6日(金)
あけましておめでとうございます
昨年は色々とございましたが、なんとかクリアしまして、年越しは妻の実家である仙台におりました。
本年はいよいよ着工となりますので、これからが本番となります。
最初から数えると半分程度まで来ましたが、かなり疲れました(^^;
本日、土地抵当権抹消のための土地分の繰上げ返済を行ないました。口座から一気に8桁の数字の債務分が銀行から引かれました。なんかあっけなかったなぁ。。
で、新たなローンの承認がやっとのことで下りました。
今度は30年ローン。。。はぁ。。定年後まで払いつづけることになりますな・・・
なんとか子供に残債務は残さないで済みそうだけど、それまでに日本はあるのかー??!!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2005年 12月 28日(水)
年内に土地分残債務の完済実行
銀行融資の条件として、先に土地の抵当権を消せということで、土地分の残債務を一括繰り上げ返済することにしましたが、いつ返済するの?と思っていたら、抵当権の抹消に2週間程度かかるため、なるべく早く消す手続きに入りたいということで、今年中に銀行に返すことになりました。
自分だけでは資金の準備が出来ないので、オヤジと叔母の力を借りてなんとかそろえました。(オヤジからは「相続時清算課税方式」を選択して、贈与してもらいました。叔母には無利子貸借で後日一括返済)
自分の銀行ローンの返済口座に入れておけばOKということで、書類だけを銀行の最終営業日に届けることにしました。
ほんとだったら、明日の午前勤務の後、休みになるんだけど、お客さんの所に常駐している関係上、大納会の金曜日の午前中まで勤務なんです。。
これで年明け早々に銀行に土地分の抵当権を消してもらって、融資実行となりそうです。
明日には年明けに仮住まいに引っ越すオヤジたちの荷物を運ぶ引越し屋さんが見積もりに来ます。オレは当然仕事なので、ヨメサンに対応してもらいます。
もう疲れる。。早く正月休みに入りたい。。
2005年 12月 27日(火)
融資決定
色々揉めに揉めましたが、やっと銀行から融資OKが出ました。
ただ、抵当権の抹消に時間が掛かるので、実際に融資の実行がされるのは来年になっちゃいました。
着工まで間に合うのかしら??
この他にもやることはまだ一杯あります。
東京ガス、東京電力、さいたま市水道局、JCOMとラインをぶった切って貰わないとならん連絡が。。
2005年 12月 25日(日)
現場監督との顔合わせ
営業さんと、積水ハウスの工事責任者(現場監督)、施工者の積和建設さん、解体業者さんと、水道工事屋さんの五人でお見えになりました。
今日は解体現場の目視確認が主で、家の中での打ち合わせは無し。寒いー(笑)
監督と最終的に残す所、残さない所を分別して30分程度で完了。一点だけ、現在の家の基礎部分を少々手直しする部分が出て、それはディアスの左官作業の時に一緒にやってもらうこととしました。その他、工事期間中にウチの駐車場を開放するために、我が家の車の置き場所を確保してもらうことにしてもらい、二軒隣の駐車場に空きがあったのでそこを積水ハウス持ちで貸借契約をしてもらいました。
その後、営業さんと監督と積和建設さんとオレと四人で近所11軒に挨拶回りをして
監督と前回のウチを担当してた時の監督の事を聞いたら、「大先輩で今日も呑みに行きます・・」といっとりました。最後に地縄張りの日程を2/3と決めて終了。2/4に基礎部分から着工です。
2005年 12月 18日(日)
計画再進行
実家部分の土地の抵当権の件は、繰上げ一括返済をすることにしました。
親父から相続時清算課税制度を使って、一部を補助してもらい、それを充てることにしました。
これで計画が進行できます。一安心。
ただし、最終決着(融資の書類にハンコを付いて、融資が実施されること)がつくまで動けないので、解体自体、2週間先延ばしにすることになり、1/20解体開始となりました。
はー、疲れた。。。
2005年 12月 17日(土)
計画頓挫の危機到来
前のUX建築時でも揉めましたが、また銀行と揉めてます。
また抵当権の話です。着工まであと二週間というのに未だに変更契約ができません。
具体的に言うと、実家の土地と実家に掛かっている抵当権をクリアにしろと、銀行のローンセンタがイチャモンを付けて来たわけですな。。
UX側に全部抵当権を移動出来るか、というか、移動しろと取引予定支店(今のローンの支払い先支店)にケチを付けにその支店最大級個人顧客の親戚を連れて行って圧力(「実行しないのなら資金を一切合切引き上げるぞ・・」という圧力ですな)を掛けたのですが、その圧力も虚しく、「やはり難しいです」という答え。
圧力を掛けた親戚は、何十億という預けている資産を別の銀行に移すと息巻いてるから、それをやられるとオレに悪影響を及ぼすから「ホントに実行するのは止めて」と押さえに行ったり、別の対策案を考えたり、その上、本業の仕事の山が近づいているでしょ。。この一週間ほとんど寝てません。
結論としては土地分の残債務を一括返済すること。そのためには残金の1100万が必要。これを払えば銀行は抵当権を外すと言うことですので、この方法を採用するしか無いということに至りました。この資金集めに走り回って、なんとか確保ができました。
積水ハウス側は向こうは向こうで色々と策を考えているらしく、日曜日にその案を持ってきて、こちらの案とどっちが良いのか話し合います。でも、同じ案になるとしか思えません。
ホントだったら、この時期、そろそろ変更契約をして、その場で現場監督と打ち合わせの時期なんですが・・このせいで両親の仮住まいへの引っ越しも待ったを掛けてる状態で、工程がかなりタイトです。来週末(クリスマスイブ)が仮住まいへ引っ越しのリミットです。こっちはオヤジとプロに任せます。。母親は先月無くなった母親(オレの母方の祖母)の49日法要でいられないので、ヨメサンに手伝ってもらうしか無いな。
オレは来週、繰り上げ一括返済→ローン融資の申込書書類と変更契約の締結→監督との打ち合わせとかなりメチャクチャになりそう。どっかで一日休みを取る必要がありありだなー。。
全部失敗した場合??? その場合は工程の再見直し(延期)です。本業のソフト開発では結構ありますけどね。家建築の場合は、業者の手配とかいろいろ有るから難しいのは目に見えてます。。だって、最初は解体からスタートでしょ。。家が建てられないのに解体されたら・・困るよ(笑)
その他やるべき事として、東京電力、東京ガス、NTT、JCOM、さいたま市水道局への設備撤去依頼・・・って、年内に間に合うの?!
我が家一族は無事に正月を迎えられるのだろうか・・・・
2005年 12月 7日(水)
抵当権の件
本日、某銀行某支店に行き、直談判してきました。いちおう、今の自宅側に抵当権を移せるかを検討して早急に回答をいただけるようお願いしてきました。
私1人ではどーにもならないので、その支店に対して巨大な影響力を持つ人間・・私の叔父ですが・・を連れて行き、無言の圧力を掛けてきました(笑)
「(抵当権について首を縦に振らない場合、)なんなら(資金を)引き上げてもいいんですけど・・・?」と叔父側の一言を放ってるから無言じゃないか・・でも、かなり効いたみたい。
これで、少しは安心できるの・・・・・か?
2005年 12月 5日(月)
面倒なことになりはじめました..
資金調達面でめんどくさいというか未経験の領域に入りそうです。
今の実家に抵当権が付いていました。土地にも抵当権が付いています。抵当権第一位は某都市銀行です。
今回は、その銀行の同一支店から借り入れを行うつもりなのに、その抵当権が付いていることをネタに、その銀行の与信部門が与信を出すことに対して相当嫌がっており、資金調達がコケそうな状態に突入しました。
火曜日にその支店のローン担当者を味方に取り込む為に直談判に行くことになりました。支店側から与信部門に圧力というか稟議を掛けてもらうため、連帯保証人予定の叔父を連れて行きます。。(叔父の紹介でその支店を使っているのです。)
担当者の取り込みに失敗しそうな場合は、:叔父にそこの支店から「資金を引き上げる」という最終兵器を発動させてもらうつもりです。
そこの叔父がその支店に与える影響力はかなりのものらしいです。(出来ればその兵器は使いたく無いんですが...)
そうした場合、契約破棄ですな。。
あーあ。。面倒なことになってきたなぁ。
この契約を破棄し、今のUX部分を売却して処分し、ディアスをやめ、三階建て商品(ビエナなど)に変更して、二世帯+賃貸にする方法にして、一からやり直そうかな。。ここに来て、自分の気持ちがかなり消極的になって来ました。
2005年 11月 25日(金)
不用品の処分
午後半休を取得して、自宅に帰り、ゴミ回収所に捨てるのが困難なタンスなどと、ついでに火曜日に出す予定だったいらなくなった本、ダンボール類を直接清掃工場に持ち込みました。
さいたま市の場合は、見沼区と西区と、緑区、岩槻区の四つの清掃工場のどこにでも持ち込めます。
方法はいたって簡単でした。ウチは緑区のさいたま市クリーンセンタ大崎に持ち込みました。
入り口で「一般車入り口」のゲートで係員にトランクを開けて、捨てるものを見せて基準に合ってるかチェック、身分のチェック(さいたま市民であることの確認)をしたら、捨てる場所を指定されるので行くと係員が待っていて、バックで破砕機の入り口まで進み、トランクからポイっと。ガラス類は係員に助けてもらってポイ。はるか30mほど下に落下して行きました。
ちょっとのぞかせてもらいました。すごい深い(笑)
本やダンボールの紙類は上に上がると、同じように係員が待っていて、こちらもバカでかい焼却釜にポイっ。
ちょっとした社会科見学気分(笑) そういえば、小学校3年生のときの社会科見学でここに来た覚えがあります。それ以来でした。
2005年 11月 24日(木)
なんでオレが再度、施主となったのか?
どうして数年も建たずに、また施主になったのか・・・?
よく聞かれるので、ウチの複雑な事情をプライバシーを明かさない程度に年表形式で書きます。(長いです)
文字に装飾してあるポイントを見れば1分で抑えられるかと思います。
※全部、自分を中心にして書いてます。
~19世紀 我が家の祖先は長州藩に居住。毛利家の家老の秘書役だったらしい。
最後に曾祖母さんのお母さん筆頭に女性しか姉妹がいなかったため
曾祖母さんのお母さんが婿を取って、生まれたのが曾祖父さん。
19??年?月??日 曾祖父さんが九州帝大卒業後に逓信省に入省。(今のキャリア?)そのために東京に引越し、曾祖母さんと結婚
19??年?月??日 祖父さんが誕生
19??年?月??日 祖父さんが国鉄に入社
19??年?月??日 祖父さんと祖母さんが結婚。
1937年**月*日 第三子として父親が誕生。
193?年??月?日 曾祖母さんが亡くなる
194?年??月?日 国鉄下総松崎駅駅長として赴任。現在の千葉県成田市に移転
194?年??月?日 第四子として叔父が誕生
194?年??月?日 国鉄鴻巣駅駅長として赴任。埼玉県鴻巣市に移転
1945年??月?日 東京本社勤務のため、荒川区に移転
1945年3月10日 アメリカ軍による空爆(東京大空襲)によって、荒川区の自宅全焼
--------ここからが今の実家の話になるので重要 (カッコ内は実家に居住していた人数)--------------
1945年4月??日 祖父さんの知り合いだった埼玉のTさんの土地(今のウチ)とそこに有った建物を借りる。
戦時中のドサクサで契約関係が全く無い状態で口約束で土地と建物のレンタル開始(*1)(家族7人)
194?年?月??日 曾祖父さんが亡くなる(家族6人)
195?年?月??日 祖父が亡くなり、遺産相続で建物と土地の借地権をどうするかで話し合い。
祖母はいずれ居なくなる身だから子供に殆どを移す事に決定。
ここで、長男の父親が継ぐはずだったのだが、父親が障害をもっていた事、そして
いずれ自宅を出るという意志を示したため、次男が権利を相続(*2)(家族5人)
195?年?月??日 叔母(長女)が結婚。義叔父の住まいの東京に移転(家族4人)
195?年4月1日 父親が民間企業に入社(家族4人)
195?年4月1日 叔父が国鉄入社(家族4人)
1967年?月?日 叔父と叔母が結婚(家族5人)
1968年*年**日 叔父と叔母の長女Yが誕生(家族6人)
1968年?月?日 父親と母親が結婚(家族7人)
1969年?月?日 父親と母親が母親の実家の近くの横浜に移転(実家の家族5人)
1970年8月27日 オレが神奈川県横浜市の病院で誕生。母親の実家の川崎市で暫く居住(実家の家族5人)
1970年11月??日 オレの喘息発作で両親とオレが実家に出戻り(家族8人)
1971年??月??日 手狭になったので実家増築(家族8人)
1972年**月**日 叔父と叔母の次女誕生Rが誕生(家族9人)
1973年??月??日 叔父と叔母夫婦が長男の父親が家に残るべきと話合い、叔母の実家近くの千葉県成田市
に移転(家族5人)
1979年**月**日 叔母(次女)が叔父と結婚。大宮市に移転(家族4人)
1989年 3月??日 京都のR大学に合格。行くかどうか揉めたが両親の経済力を考えて自宅から通える大学に決定(家族4人)
1990年11月**日 祖母が亡くなる(家族3人)
1992年11月**日 オレが大学院に行こうか悩む。祖母の遺産は叔父・叔母・父親と誰も手をつけておらず、
祖母が溺愛していた内孫のオレに全部くれてやるから行けと言われたけど、気が引けて就職を決意(家族3人)
1993年 4月 1日 オレが某社に入社
1994年10月10日 オレがヨメサンと結婚のため実家を出て浦和駅に近いマンションに入る(家族2人)
1994年10月**日 オレとヨメサン入籍
1995年 1月 4日 シドニーで結婚式&新婚旅行
1995年 7月 ?日 借地であった実家の土地を地主から固定資産税対策で手放したいので買わないかと打診(*3)
※(*1)の約束事からずっと固定資産税よりも安く貸してもらっていたため。契約書が存在しないため
ほとんどボランティアみたいな価格で貸してもらってたらしい。
1995年**月**日 長男誕生(父親と同一誕生日)
1995年10月30日 (*3)の件で親戚一堂からのプレッシャーにより、基準価格の1/3で購入
1995年11月10日 浦和のマンションから実家に出戻り(家族5人)
1996年 1月 ?日 実家の改造開始。仕切りなしの変則2世帯(家族5名)
1997年12月??日 ヨメサンから「来年は家を建てる」と野望?を聞かされる
------------------ここからが「元祖まいほーむぺーじ」コンテンツ開始----------
1998年 1月 6日 大宮市のカタクラ住宅展示場に行く
1998年 3月??日 二世帯住宅は断念 単独世帯を庭に建てる事に決定
1998年 6月27日 積水ハウスのグルニエダインUXの建築契約締結
1998年11月28日 実家から新居に入居(家族2人)
------------------ここまでが「元祖まいほーむぺーじ」コンテンツ--------------
2001年 1月30日 (*2)の権利で実家の建物の「所有権」をオレに移転。評価額が1万円程度だったので、免税
このときに借地権もオレに移動したつもりは無かったが、法律上は移転したことになってた
2003年 7月??日 浦和税務署から「おたずね」の書類が来る。
2003年 8月??日 浦和税務署に出頭。その場で借地権の移転に関して、叔父からオレへの贈与とみなされ、贈与税
約1200万円の追徴課税を宣告されて、卒倒。知り合いの弁護士、司法書士を駈けずりまわって解決策を発見。
2003年 9月??日 浦和税務署に対して、「借地権の使用貸借に関する確認書」(借地権移転はしないよ宣言書)を
提出し、1200万円の課税は免除。ただし、借地権はまだ(*2)の時点から叔父が保持している形になっているため
叔父の財産である。叔父が、もしもの時は相続の対象となるが、叔父の家族は誰も知らない。
叔父の長女の性格からして、財産相続の時に紛争の種になるので解消したいと相談を受ける
2004年 1月??日 普通借地権を消す唯一の方法は、建物を滅失登記して普通借地権を放棄してもらうこと。
つまり、建物を潰し、借地権所有者の叔父に放棄をしてもらうことが必要という見解により、いつかは
実家の建て直しが必要と判明
2005年 3月??日 実家の老朽化により、父親が建て直しを考えていることをオレに相談。
2005年 3月??日 さいたますーパーアリーナで積水ハウスのイベントをやっていて、ヒマだったからたまたま行ってみる。
その時に、現在の営業さんと出会う。「金は出したくない。けど、新築したい」この背反する要求を実現できるか
アパート併用住宅のカタログだけを身分を隠してもらうつもりだったけど、結局失敗(笑)
2005年 4月??日 グルニエダインUXを建てた当時の営業さん(現在は積水ハウスを退社)に、彼女(積水ハウス勤務)経由でカタログ一式を手に入れる
2005年 4月??日 スーパーアリーナで会った営業さんに訪問を受け、賃貸併用住宅で自己資金が無くても行けそうなことが判明。
-------------------このあたりで「元祖まいほーむ・ぺーじ2005」開始-------
2005年 5月 6日 私の精神疾患により、2ヶ月の休職
2005年 7月11日 復職
2005年10月??日 ローンの借主として、親父より、オレの方が借りやすい、しかも休職の都合上、今年契約した方がローン審査にとおりやすい
ということを伝えられ、結局オレが今年、契約し、所有者となることに・・・
2005年10月27日 オレの名前でアパート併用住宅(ディアスJ)を契約
2006年 1月 6日 実家解体工事開始予定
2006年 1月10日 滅失登記予定。この時点で土地の所有権が完全にオレの物となる予定。
2006年 5月20日 建物引渡し


























































































































